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  <title>鈴江俊郎ブログ</title>
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  <description>戯曲の講読、上演許可の連絡などは　office白ヒ沼 までどうぞ。</description>
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  <copyright>© Ninja Tools Inc.</copyright>
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    <title>noteを始めました。</title>
    <description>
    <![CDATA[<a href="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/File/b9756013.jpeg" target="_blank" title=""><img src="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/Img/1644294275/" alt="" /></a><br />
<br />
<a href="https://note.com/suzuetoshiro0208" title="" target="_blank">https://note.com/suzuetoshiro0208</a><br />
<br />
これからはこちらのほうでいろいろ書いていこうと思っています。<br />
どうぞよろしくお願いします。<br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>鈴江</category>
    <link>https://suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/%E9%88%B4%E6%B1%9F/note%E3%82%92%E5%A7%8B%E3%82%81%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82</link>
    <pubDate>Tue, 08 Feb 2022 04:25:17 GMT</pubDate>
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    <title>「明日のハナコ」ドラマリーディングの映像を、you tubeに公開しました！</title>
    <description>
    <![CDATA[<a href="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/File/b9def74c.jpeg" target="_blank" title=""><img src="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/Img/1643032066/" alt="" /></a><br />
<br />
　<a href="https://www.youtube.com/watch?v=Zu42vAQFtqA" title="" target="_blank">https://www.youtube.com/watch?v=Zu42vAQFtqA</a><br />
　1月15日、ウイングフィールドでの上演2ステージを行う前に、無観客の状態で3カメラを設置して撮影した映像です。<br />
　照明も本気、演技も本気でやってます。寿工房さんの強力な協力を得て、すばらしい画質のものができました。<br />
　どうかたくさんの人に見ていただきたいと思っています。<br />
　そして、これが、部会長、福井県教育委員会のいうように、「差別語を使ったよくない上演作品」といえるのかどうか。実際に、自分の目で、耳で見て、判断してくださいませ。一人一人の方が、自分で感じて、自分で判断してほしいのです。そのために、私たちは公開します。<br />
<br />
　社会のことを、未来のことを、率直に考え、語る作品です。<br />
　率直だから、現在の福井県の政策を批判する内容も含んでいます。現在の日本政府のすすめる原発政策についてはそりゃ、批判的です。福井県選出の現役国会議員の親族の失言もおもしろおかしくとりあげています。福井県の権力者におもねりたい人には「ほら。ぼくこんな奴ら消してやったよ」って上の方むいて報告したくなる作品だったのかもしれません。<br />
<br />
　作品を見もしないで、読みもしないで顧問会議の教員たちは決定しました。権力者に忖度した決定のまえで沈黙する態度を続けています。いま、高校演劇全国協議会の幹部たちも、日本劇作家協会の運営委員会の人たちも、ほとんど作品を見もしない、読みもしないまま、沈黙を守っています。<br />
<br />
　こんな素朴な作品が、排除されるという時代。その排除を、権威ある団体、日本を代表する表現者の組織までが見て見ぬふりをして、許してしまう時代。そんなおそろしい時代に、また今、まいもどってしまったということなんでしょうか？<br />
　皆さんで映像を見て楽しみながら、現在、という時代を感じてほしいのです。これが、いま、です。<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　鈴江俊郎]]>
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    <category>上演のこと</category>
    <link>https://suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/%E4%B8%8A%E6%BC%94%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8/%E3%80%8C%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%83%8A%E3%82%B3%E3%80%8D%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%81%AE%E6%98%A0%E5%83%8F%E3%82%92%E3%80%81you</link>
    <pubDate>Mon, 24 Jan 2022 13:49:34 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>ことのはbox　おつかれ山さん　はまもなく。</title>
    <description>
    <![CDATA[<a href="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/File/c52918f2.jpeg" target="_blank" title=""><img src="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/Img/1642922033/" alt="" /></a><br />
<br />
東京のシアター風姿花伝という劇場で、まもなく上演される。<br />
https://www.kotonoha-box.com/16th<br />
このコロナの激しい蔓延の中でも、懸命に上演にむけてがんばってる若者たち。<br />
芝居は、この国の教員たちがどんなにきびしい状況を生きているのか、おもしろおかしくはあるけれど、決して希望ばかりではない&hellip;&hellip;という風景を見せる作品だ。<br />
いま私が闘っている表現の自由にまつわる「ハナコ」の事件のことは、この状況とおおいにかかわりがある。もう10年以上も前に、原案を北九州の教員の方が書いたものを、私がたくさん書き足し、書き直して完成させたものだけれど、状況はちっともよくなっていない。それどころか、深刻になっている。<br />
それを思うと、劇は、またちがった感想が持てるのかもしれない。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>脚本が上演される</category>
    <link>https://suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/%E8%84%9A%E6%9C%AC%E3%81%8C%E4%B8%8A%E6%BC%94%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B/%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AE%E3%81%AFbox%E3%80%80%E3%81%8A%E3%81%A4%E3%81%8B%E3%82%8C%E5%B1%B1%E3%81%95%E3%82%93%E3%80%80%E3%81%AF%E3%81%BE%E3%82%82%E3%81%AA%E3%81%8F%E3%80%82</link>
    <pubDate>Sun, 23 Jan 2022 07:20:37 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>「明日のハナコ」大阪での上演会、学習会、終わりました。</title>
    <description>
    <![CDATA[<a href="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/File/e8cba4d2.jpeg" target="_blank" title=""><img src="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/Img/1642423688/" alt="" /></a><br />
<br />
大阪・心斎橋はウイングフィールドでの上演が、無事に終了しました。<br />
ますますさまざまな人たちとの出会い。さまざまな人たちが学習会では発言され、さまざまなメディアの方に取材を受け、私たちはますますしっかり心強く、しっかり気持ちを受けとめて、芝居を終え、話し合う場を終えることになりました。<br />
私たちは今回のこの上演を動画撮影しました。しっかりとyou tubeに公開しようと思います。<br />
この作品が、どれほどか、「禁止しないといけない作品」と見えるのか、しっかりと世界中の人に見てもらいたい。そして、その目で、「禁止はふさわしいのか」を確かめてもらいたい。そして、なにが起こっているのか、認識してもらいたい。そして、この事態になにをしたらいいのか、自分の問題として考え始めてもらいたい。<br />
そう思っています。<br />
<br />
そして、福井県の、演劇部の高校生たちに、この大人たちが大人げなく訴えている様子を、見てもらいたい。けっして見栄えのいい大人たちの様子ではないでしょう。大きな声でのどをからして。床をころげまわって。汗をかいて、小道具につまづいて。けれど、私たちのような大人がいることを、想像上の生き物なんかではなく、はっきりとしっかりと、いま、ここにいることを、感じてもらいたい。ありありと。きみらのやった演劇は、間違ってはいない、と主張して身を張ってうごく大人の様子を、目撃してほしい。君らの演劇は、君らの表現なんだから、尊重されるべき価値があるのだ。そう私たちは確信しているからこそ、上演したのです。わざわざ、それを訴えたくて、福井だけじゃなく、愛媛や大阪まででかけたのです。そして、それを見たがる大人たちもいて、だからやったのです。見た人たちは、まちがいなく、「これは、まちがっていない」と感じたのです。くちぐちにそう言ってくれたのです。これを禁止した大人たちの方こそ、どうかしている。そう口々に言ってくれたのです。自信を持とう。あなたたちの表現は、すばらしく、価値のあるものなのだ。傷ついたあなたたちは、決して傷つかなくてよかったのだ。傷つけたほうが悪い。傷つけた大人たちが謝るべきなのだ。<br />
<br />
そして、福井県の顧問会議の教員のひとたちにも、見てもらいたい。きっと上演会のことも、学習会のことも気にしていながら、教育委員会からの監視がこわくて見にもこれなかったあなたたちに、見てもらいたい。ネット上ならこっそり見れる。こっそり見たらよろしい。そして、自分がなにをどうしたらよいのか、子どもたちを傷つけたままにしている自分は、なにをなすべきか、考える時間をもってもらいたい。考えるくらいは勝手で自由なのだから、そこは考えてもらいたい。<br />
<br />
問題は、ちっとも片付いていないのです。大人たちが自分たちの都合で平和な様子でいられたらそれでいい、と思うのは勝手な都合で。<br />
片付いていない、と考える人たちがまだこれからも動きます。私たち以外の上演の動きが次々と起こります。<br />
日本語だけでなく、英語でも、上演は始まります。<br />
<br />
ウイングフィールドの熱がさめやらぬ、今週末、はやくも大阪、梅田のすぐそばの中崎町で、さっそくドラマリーディングは行われます。冬のあいだに富山で。そして次へ、次へ、と計画が発表されるでしょう。<br />
<br />
禁止した大人たちが心配したような、運動に立ち上がったわれわれが、ネットでバッシングされて大けがするような事態は、まるっきり起こってません。上演した張本人の鈴江俊郎、玉村徹は、堂々と運動しています。堂々と胸を張って、自分の権利を主張する者には、小心者のネットサディストたちは小心だから手を出せないのです。そしてむしろ、自分の権利を主張する者には、おおぜいの賛同者が身を守ってくれます。大勢の人たちに支持されて、私たちはあったかい気持ちです。<br />
運動は、さらに、広がるでしょう。禁止する側の大人たちが言う「さわぎ」はまだまだ続きます。けれどこの「さわぎ」は、日本国憲法にもきちんと書いてある、権利を守るための「国民の不断の努力」なのです。権利をおかされてもだまって平和を優先する、その平和、平穏は「奴隷の」平穏だと、私は考えます。私たちは奴隷じゃない。<br />
そして、権利の侵害を前にして自ら率先して黙ろうとするそのようすを、「全体主義」の態度だ、というのです。全体主義、ファシズムは、けっして上からの権利の押し付け、強権だけでなりたつものではありません。日本でも、ドイツでも、イタリアでも、すすんで権力に迎合した民衆の側の動きが、つくったのです。大衆の支持があったからこそ、ファシズムができあがったのです。<br />
いま、私たちの時代は、たいへんまずいことになっています。いま、私たちは忖度、沈黙がここまで進行していることを身をもって体験として知りました。もはや空気を読んで、同調して、黙っていてはいけない時期です。大きな船がけっこうなスピードで動いていると、エンジンを止めただけでは簡単に止まれません。気が付いた時にはすでに遅いのです。<br />
私たちは、いま、ひとりひとり、問われています。<br />
<br />
私たちは、まだまだ「さわぎ」ます。<br />
このさわぎに、大勢の人たちが参加することを、よびかけます。<br />
学習会に来た人たちに、私はお願いしたのだ。<br />
「この作品のドラマリーディングを、あなたの手でやってください」と。<br />
演劇人でなくてもいい。上手とか下手とか、本来、演劇は関係ないはずなのだ。<br />
思いがあれば、それが感動のもとだ。]]>
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    <category>上演のこと</category>
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    <pubDate>Mon, 17 Jan 2022 12:51:36 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>愛媛、伊予西条での上演がおわりまして。</title>
    <description>
    <![CDATA[<a href="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/File/5921daff.jpeg" target="_blank" title=""><img src="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/Img/1641802023/" alt="" /></a><br />
<br />
　小さな会場ながら、というより、小さな会場ならではの思いっきりの舞台美術の作りこみ。照明のこりっぷり。福井での2上演とはまったく様子のちがうスタイルでのリーディング上演になりました。楽しんじゃった。スタッフたち。<br />
そして、来ていただいたみなさん、ありがとうございました。<br />
学習会。徳島県の高校教員の方が会場から発言してくださったことが、とても印象に残っています。 「自分たちの顧問会議で、同じようなことを言い出されたらどうしよう、って考えた。ぼくらだったら、全部の学校ひくだろうな、と。」<br />
演劇部の顧問の先生たちでした。いわば同僚です。つまり、「この学校だけ放映しないことにさせようぜ」と部会長に言い出されたら、一般の顧問教員としては、どうできたろうか&hellip;。「おう。だったら、全部の学校放映しないようにしましょうよ。その差別は全くおかしいぜ。一校だけじゃなくて全部の学校がボイコットだ。」と言い返そう、という提案です。 　自分が同じ立場の教員だったら、そして、そんなことはいつでも起こりえるとして、どうしたらいいのだろう&hellip;&hellip;&hellip;とひとごとにするのじゃなく、自分の身に置きかえて、まじめに考えてくれたのだと思います。<br />
　まずその想像してくれる姿勢に感謝。そして、そのアイデアがあったはずだ、とは、私にも思い浮かんでいなかったのです。<br />
　そうか。そうだよね。<br />
　 部会長がどんなとっぴょうしもない差別的な言動をしたとして、そしていったん私たち顧問教員たちが一瞬けおされてひるんだとして、そして部会長が言い出したら聞かない人だったとして、そしたら私たち一般教員はただだまって圧されてなすがままに決められるほかなかったのだろうか、いやいや。あるはずなんだよ、抵抗する手段が。そんなことを思うひとが、徳島にはいるのです。<br />
　 その方が続けておっしゃっていたのは、「差別用語の使用が差別かどうか、って問われてるようですが、このケースを見ていたら、この決定以降の部会長側、教員側のやってる処理のほうがよっぽど差別行為、人権侵害ですよね」。 <br />
　その後、顧問教員たちにかん口令を敷いて、一切の証拠隠しを徹底した部会長側のやりくち。我々実行委員会の行った上演・学習会を見に行こうとした生徒を何度も呼び出して「行くな」と取り囲んで迫ったやりくち。一校だけ差別扱いしたことを正当化して放映に関しては、あくまでも差別扱いをやりきった、貫いたやりくち。 <br />
　 このあたりの事実は、隠しても隠しようがなく、そのうちもっと明確に反人権的なプロセスが明らかにされるでしょう。<br />
　 そして上演活動は、ますますひろがっていくでしょう。私たちのもとに上演依頼はいくつもきています。そして、英語訳した台本、ウエブサイトの威力はそのうちじっくり効いてくるでしょう。動きは長い時間かけて、ことをおこした部会長側を苦しめることになるはずです。福井県当局をとりかこむ事態がこれ以上世界に恥をさらすことになる前に、当局の責任ある人物は早々に「人権侵害を行いました。」「ごめんなさい。」「もう二度としません。」と意思表明することを、心からお勧めします。<br />
　 上演会、学習会を重ねるたびに、私たちは自信をつけます。いろんな人との出会いがあって、私たちは、世界は思っていたより、ましなもんなんだ、と力づけられます。 <br />
　私たちが上品芸術演劇団の活動として、もとは帽子屋さんだった空間を、壁をくりぬいて、天井板を外して、ぜーんぶ真っ黒けにぬりなおして、電気の配線を根本的につくりかえて、うまれかわってできた■Ishizuchi倉庫　が、大活躍なのです。それがまた、うれしい。そういうことを許してくれたオーナーのことがうれしい。きっとオーナーもこれをうれしがってくれてる。彼は今回、初挑戦の照明オペレーターだったのです。<br />
　自分たちでいちからこしらえた小さな空間だからこそ、その充実感や達成感は、たまらんものがあります。みんなにおすすめしたい。<br />
　いまやいろんな地方都市にいろんな閉めた店やシャッターの下りた商店街があるんだけど、それはピンチみたいだけど、チャンスなんです。いちから生まれ変わらせるのは、たーのしーーぞ。やった人なら知ってます。<br />
　いちから小さな世界をかえるのは、それこそが、演劇の力だ、と感じます。金の力なんてなくても、みんなが、数人集まって、顔を真っ黒にする気合だけ共有したら、世界は、きっと、小さくかわります。そして、きっと、それがあちこちで生まれ、集まったら、世界は、きっと、おおきくかわります。imagine、ってジョンレノンの歌は、なんだかきどっててやだなとうたが発表された当時は思っていたおじさんですが、いまは、そうだよなあ。と演歌に納得するおじさんのように心の支えにしてしまっていて。imagine。想像すれば、世界は、かえられる。<br />
　どうしたら小さなたのしい倉庫の空間がつくれるか、私たちの経験なら教えられます。ノウハウばっちりよ。]]>
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    <category>上演のこと</category>
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    <pubDate>Mon, 10 Jan 2022 08:16:14 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>ふるい演劇人の友へのてがみ――「明日のハナコ」にまつわって。</title>
    <description>
    <![CDATA[<a href="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/File/IMG_20211220_081530.jpg" target="_blank" title=""><img src="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/Img/1640896539/" alt="" /></a><br />
<br />
とある演劇人の旧友への手紙。<br />
<br />
鈴江です。<br />
<br />
お返事ありがとう。<br />
<br />
お返事の内容はわかりました。それがあなたたちの現時点での判断なのだろうから、尊重します。<br />
<br />
ただ、対等な対話として、私の方の意見も、反論としてお伝えさせてくださいね。<br />
<br />
――高校演劇は高校生のためのものだと思う。――<br />
<br />
――これが生徒が書いたもので、生徒の思いから発したものであるなら、全面的に運動に賛同できます。――<br />
<br />
――生徒が発案した脚本なら、そして、生徒の思いを聞いて、先生が書いたものであるなら、応援したいです。――<br />
<br />
だけどそうでないから迷います、ってことですよね。<br />
<br />
これについて。３点あります。<br />
<br />
<br />
<br />
▲まず一点目。▲――生徒は役者だから、無関係だ、ってほんと？――<br />
<br />
たしかに、生徒はこの作品では役者です。役者って脚本書いてないから言いなりでやってた無関係な人なんでしょうか？だから巻き込まれて気の毒なだけの人？「この作品には役者の思いがこめられていない」とおっしゃるわけですよね。そうでしょうか？<br />
<br />
これについて、あなたは役者だから、逆に、問いたいのです。あなたが出演するとき、あなたは思いをこめないものですか？だから作品が排除されても平気でいられるの？「ああ。脚本家の人、気の毒う」ってにこにこパフェ食ってますか？あなたは書かれた台本をただ覚えて、演出家に操られて出演してるだけですか？つまりあなたが発案してあなたが書いたわけでもないお芝居なら、あなたは排除されても仕方ないのでしょうか？そういう「表現を受け身でやってるだけ」の存在ですか？「役者はただのコマ」ですか？だから屈辱を感じない。そうですか？<br />
<br />
――私はそんなはずはない、と自分の体験から信じられいます。役者はコマじゃありません。役者こそ作品を自分なのだ、と考えてしまう人種です。それを主体的に演劇する人、っていうのですが。私は脚本家で演出家ですから、役者専業の人としょっちゅう仕事しますが、1時間や2時間の芝居を上演するためにはどんなレベルの人でも相当稽古します。セリフを覚える労力だけでも大変です。ましてや、今回の上演は二人芝居です。膨大なセリフの量です。たいていの芝居では、上演が終わるころには、セリフはその人のセリフになってます。多くの説明をしなくても、あなたは役者だから同意してくれると思ってます。役者はコマじゃない。役者はどんなへたっぴーでも、レベルが低い劇団の場合でも、一生懸命やるものです。やってしまうものです。でないと舞台に立つ、みたいな怖いあの時間に立ち向かえない。そして終わったあとには、覚えて気持ちをこめて動きを考えて、濃密に自分の胃袋や脳みそにしみこませたその台詞たちは、なかなか頭から離れなくなってます。お芝居は終わったから、もう忘れてもいいのに。離れない。数か月たったころ、芝居に使った音楽が、街なかでふと流れると、その台詞が勝手に口をついて出てきたりもする。何年かたっても、その頃つき合ってた彼氏の口癖が急によみがえって困る。気持ちがよみがえって胸にくる。役者は、外部の人、経験したことのない人が言うようには、「ただあやつられて」できるものじゃありません。<br />
<br />
　ましてや、芝居を始めた若き日の芝居のセリフ、強烈じゃないですか？私は、セリフじゃないものを覚えてますよ。とっても恥ずかしい、劇団そとばこまちの「オズの魔法使い」でやった村人の踊り、バナナホールの照明の具合は、いまも時々あたまによみがえってきて私を困らせます。あなたはそういうの、覚えてませんか？<br />
<br />
　私などは、脚本を、見も知らぬ人から上演許可を求められて、上演してもらうことすらよくあります。私が、自分の座組のために書き下ろした台本ですから、その人たちは、私にはよそものです。脚本は、あくまでも私の書いた台本であって、そのひとたちの作品じゃありません。しかし、たまにそういう人たちと数年たってどこかで会うことがあります。会話をすると、書いた私も忘れてる台本のセリフを、そういう人が覚えていて、「あのセリフが私は頭から離れない」とか言われたりしてびっくりします。そしてその人独自の思い入れを教えてくれたりします。もはや、私の書いた台本はその人の胸の中で、その人のものになっていることを否定できません。<br />
<br />
　だから、この高校生たちの立場に立ってみる、っていう想像をしてみてください。16歳のあなた。何か月も部室で稽古して、自分が思い入れを持つようになってしまった劇を、否定され、排除されたとき、あなたはかなしくないですか？それがあなたの作品じゃないんだ、というふうに言われて「応援しない」という大人に取り囲まれたら、どんな気持ちがしますか？「応援しない」というあなたの言葉を、16歳のあなたに言えますか？<br />
<br />
　私は、現場の役者たちの感情を知っているから、この冷酷な大人たちの仕打ちに黙っていられなかったのです。どんな気持ちになっただろう、高校生は。と思うと、立つほかない。そう思いました。１６歳の俊郎ちゃんだったらどんな気持ちになったか。私は、鼻の奥がつんとしました。目の前で暴虐にうたれた子供がいて、その子供が大人たちに囲まれて無力な時に、傍観していていいとは、思えなかった。<br />
<br />
　最初にこの決定を聞いた福井農林の部員たちは部室で泣いたのです。くやしい、と。<br />
<br />
　そして、いま、その子供たちは暴虐をふるった大人たちの手の中にいます。私たち応援する側は、遠ざけられています。玉村先生は引退した教員で、コーチもやめていますから、部外者です。学校には出入りできません。一方、部の顧問教員、教頭、クラスの担任教師、皆が校長や顧問会議の決定に従いなさい、という立場を示します。よほど気持ちのしっかりした子でないと声は上げ続けられません。「声をあげると、こわいことがあるよ。」と、お化けが出るぞ、みたいな話をことあるごとにされる環境にいたら、不安で、たてません。<br />
<br />
　しかし、社会的な弱者が自分の権利を主張することが困難な場合、権利についての知識がなかったり、主張する力がなかったり、そのことばをもたなかったりするばあい、支える援助職の人がすることは、「エンパワメント」というものなんです。権利擁護、という動きです。その人が権利を主張することをささえてあげること。時には代行すること。主張すると危険なことがあると思われるなら、その危険からみんなで守ってあげる体制を組むこと。これが、常識です。ところが、いま、こどもたちを取り囲む大人たちのやってることは、逆です。おどかし、こわがらせ、くやしかった気持ちを忘れさせようとしています。それでいい、とあなたは思いますか？<br />
<br />
　あるいは、役者は謙虚だから、脚本は脚本家の先生が自分の頭の中で書いてくださる。それを口をあけてただ待つのが私たちさ。とか思ってるのかもしれません。しかし、脚本を書く私たちは、あなたたち役者が思うような感じで、勝手に、役者と無関係に書いてるわけじゃありません。<br />
<br />
　いい上演にするのは役者です。役者が客の前にでるのです。最大のアピールをする演劇の武器は役者ですから、役者が生き生きするセリフってなんだろう、って経験が長い脚本家ほど考えるはずです。あの役者はどんな台詞なら面白くなるだろう、面白く言えるだろう、のりのりでやってくれるだろう&hellip;。文学座などの新劇の団体は、脚本を発注する前に役者は誰かを、決めてくれません。これはもう、書きにくくってしかたない。せめてどんな顔の、どんな背の、どんな性格に見える野郎が喋ることになってるのかわからない状態では、まるで筆に手ごたえがない。あの役者がやるなら、こういうセリフをあえて言わせてやりたい、とか、苦手そうなこういうセリフならどういうふうにもがいてくれるだろう、とか。稽古場に入る前から、すでにその役者との対話、葛藤、格闘が、勝手に脚本家の中では始まっていて。その格闘の困難さこそが、脚本の魅力の源となるのを知っているから、私などは極力、頼むのです。「だれですか。せめてひとりでも決めてくれ。」この8月に、イタリア国立劇場の座組に書き下ろしましたが、4人の女優をあえて先に決めてもらいました。地球の反対側の座組だけど、コロナでいけるわけないんだけど、私はあきらめきれなかったのです。どんな役者か知るのは重要だ。と。写真をもらって、その人たちになにを愛するか、憎むか、なにが人生の気がかりか、喜びか、どんなことに最近泣いたか、笑ったか、などとりとめのないインタビューをしてもらって、その模様を動画でもらい、それを受けて、書きました。彼女たちのために。<br />
<br />
　彼女たちのきもちを聞いて、それを内容に盛り込んだわけではありません。彼女たちの存在の気配、それが、脚本を書くためには必要な魂なのです。あのかなしくて心細い必死の作業を、あなたは信じてくれるでしょうか。<br />
<br />
　&hellip;&hellip;だから、つまり、誇張でも文学的な装飾で言うのでもなく、脚本は、役者が書かせてくれているのです。たとえ、役者側から見たら稽古初日に天から降ってくるようなものに見えたとしても。<br />
<br />
　ましてや、この玉村先生の書き方は、生徒たちにあて書きしています。生徒たちに取材して得た言葉をいくつも劇中に使っています。筋や内容の骨格を玉村先生が考えて書いたものだとしても、それを「生徒のものじゃない」というあなたの判断は、とても演劇経験者がする判断だとは私には思えない。信じられない論理です。<br />
<br />
　私も大学の先生をやってましたから、大学生、18や19の少年少女の上演のために台本を何本も書きました。筋や骨格を彼らが提供してはくれません。残念ながら、彼らにはその力がない。だから考えるのは私です。ですが、彼らの気配、彼らが言えそうな言葉、あるいは彼らが今言えなくても刺激しそうな言葉をなんとか選んでひねくりだして書くのが、常でした。インタビューして彼らの日常生活のエピソードを使うっていうのは常套手段でした。それが彼らが生き生き演じだすきっかけになるのは明確ですから。玉村先生はいつもそうやって書いているそうです。この「明日のハナコ」もそうです。<br />
<br />
　そして、書き終わったからといって、脚本の仕事はそれで終わったわけじゃありません。意外なことに。稽古していくうちに芝居はどんどんかわっていくのはあなたも知っているでしょう。脚本家にしてみたら、やっぱりたいていは、思いもしないようなセリフになってたり、ニュアンスが違うものになっていたりするものです。どれだけ上演を計算して書いていても、役者がしょっちゅう共同作業している熟知してるつもりの仲間でも、です。セリフの言葉自体が同じでも、演じる人が違ったら。あるいは、その役を演じる人が同じでも、座組が違っているとそれは微妙に違ってくるもので、微妙な違いの積み重ねで結果として全体としてはずいぶんちがう上演になるもので。それは「役者が勝手にどんどん脚本からそれていく」ってことじゃありません。役者は台本に書かれたセリフと一生懸命向き合いますから、刺激されて、考えるのでしょう。意識して考える、ということのほかに、無意識に自分の過去の経験や感情と結び付けて発酵させる、ってこともあります。そしてそちらの方がむしろ重要です。それを意識下の仕事にまかせないで、できるだけ意識の上にのせて自分でいろいろコントロールしようぜ、っていうのが、世界のオーソドックスな俳優術の標準スキル「スタニスラフスキーシステム」の根幹です。つまり、脚本が役者の存在内の感覚と相互作用しあって、上演となって化学変化をおこして立ち現れるのです。つまり、脚本は上演の重要な要素ではありますが、全てではない。すべてでないどころか、やはり演劇を作るのは、大半は役者なのです。よくもわるくも。そしてそれが演劇の魅力の源なのです。人が演じるのがいいのであって、きっと平田オリザ氏がチャレンジしてるアンドロイド演劇ができたとしても、それが同じように魅力あるパフォーマンスになるなどとは、私には思えません。それはきっと多くの演劇人が同意しないはずです。あなたも役者ならそうでしょ？<br />
<br />
　つまり、上演の主体が、役者じゃないかのような論理、「生徒が発案して生徒の思いを、先生が書いたものであるなら、応援したい」というのはずいぶん役者を愚弄する考え方じゃないですか？<br />
<br />
　じゃ、あなたが発案してなくて、あなたの思いを脚本家に伝えてから脚本家の先生が書いたものじゃなかったら、それはあなたの作品じゃない、ってことでしょうか？だからあなたはその作品が排除されても怒らない？かなしい気持になっても、あなたのためには誰も「応援しない」のが当然？<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
そして二点目。▲――高校生はただの受け身な「こども」なの？――<br />
<br />
高校生は、なんにも考えないで、演技して、舞台に立ってしまうような、そんな「こどもっぷり」なんでしょうか？だから作品は彼らのものじゃないんでしょうか？だから排除されても彼らを排除してはいないんだからＯＫ？<br />
<br />
あなたはこんなことを言います。<br />
<br />
――高校演劇は高校生のためのものだと思います。これが生徒が書いたものだったら、生徒の思いから発したものだったら、全面的に運動に賛同できます。――<br />
<br />
　そのとおり、高校演劇は高校生のものなんですよ。「玉村先生は自分のためのものを書いただけなんでしょ？高校生はなあんにも知らないでただやらされたのよ。高校生のためのものじゃないわよこんな作品」ってなことをあなたは言ってるんでしょうけれど、高校生ってそんなふうになーんにも考えない知らない気づかないで舞台に立っちゃう生き物なんでしょうか？弁識能力と制御能力がない存在？<br />
<br />
　あなたが高校生の時、あなたはなにか表現するとき、すべて大人たちに言われるままだったですか？いんや、自分がしたいことをして、いやなことはしなかった。そうじゃないですか？<br />
<br />
　大人の先生が書いてくれた台本を上演するとき、その大人の先生の労力と、自分たちにあて書きしてくれた愛情を感じて、それにこたえなきゃ、という「責任感」があって、日々の稽古をしんどいけどやろうとしてたはずだ、と想像しませんか？お互いの演技にだめだししあって、傷つけられたり傷つけたりして、いやになってやめたくなったりして、だけどまた稽古場には行ったりして。16才だもの。とてももめるでしょう。家に帰ってひとりになったら涙が出たりもしたのじゃないかな。私はそう想像します。<br />
<br />
　いやそんなことはない、書いてくれた人の気持ちなど考えず、その人が書いた台本の内容などまるで無関心で、興味も持たないまま、ただ台詞もらってうれしいから、内容も理解しようとせずに、セリフ覚えてだらだらやったのだ、とあなたは想像しますか？<br />
<br />
　もしそうなら、この「高校演劇」は、「高校生のもの」じゃないのでしょう。「大人のもの」です。だから大人が勝手に騒いでるのでしょうね。<br />
<br />
　そして、この作品は、「偏った反原発野郎の大人が、自分の反原発の主張をするためだけに、演劇部の上演の場を乗っ取って書いた、一方的な偏った作品」だという決めつけが背景にある言い方ではないのかな。演劇作品は先ほども書いたように脚本家と役者の格闘のプロセスそのものであり、結果です。脚本は、内容がどうであれ、まずはいちばん初めの読者である役者たちのために、書くものです。演劇の現場をたくさん踏んだことがある脚本家なら皆、そうしてます。最初の読者によまれるあの時間は、何作書いても、怖いものです。コピーした台本を役者たちに配るとき、役者たちが一枚一枚手にとって眺め始める時。私はちょくちょく読み始めた役者たちの沈黙にたえかねて、「読まないで！いや読んで。ダメ！こら！読むな！ああ。助けて。おねがい」って言ってるらしいです。いやそんな変なこと、言うはずないのです。言ってません。だけど役者たちは芝居が終わって数年したらあることないこと言い合ってます。鈴江さんの稽古初日はひどいよな。――そんなわけない。私はいつでも静かに処刑を待つ囚人の気分で座ってるんだ。座ってるんだってば。<br />
<br />
　そして、役者がそもそも理解できない、彼らに縁もゆかりもない内容、興味も関心も持てない内容なら、もはや上演はまったく魅力的にはなりえません。どうしてこれがわかんないんだ！と書き始めて７－８作目ころまでは私は最初の読者が最大の敵だと感じてました。だけど数々の失敗上演をつくって、さすがに悟りました。演じる人たちの胸に届かない脚本なんて、味のしない砂みたいなもんだ。と。あの役者たちを感動させるのが、上演の場で「すげえ」と客を圧倒するための最大の近道なのです。初めての読者を相手に、初めての読者を感動させるために、彼らがなにを感じるのか、どう感じるのか、考え始めました。野球で、自分の好きな配球をする若手のキャッチャーが、ピッチャーの持ち味を引き出すベテランに成長するのと似てます。そして、「脚本はいいんだけど、上演はだめだった」てなことはないんだ、と確信するようになります。上演がだめになる脚本っていうのは、どうあれ、つまらない脚本なんだ、と確信します。<br />
<br />
　それは、役者の初読で役者が感動しなきゃだめだ、ということじゃないんです。それはあとからじっくりでもいい。稽古のプロセスで、役者が葛藤し、悩み、苦しみ、そのあげくに、なにか、人として変化するような瞬間に、芝居はもっとも輝きます。迫力が出てくる、と言ってもいい。人としての変化です。役者としての変化、じゃありません。これもスタニスラフスキーの標準の教科書なんかに書いてあることですが、役者が自分の普段気づかない内面の奥にあるなにかに覚めたとき、芝居はひどく深くなる。と。真実を語る。とも書いてあったりします。それは、私は何回も目撃しました。だからたいてい、初心者が本格的に演劇に取り組んだ時にとことんつき合うって座組が、確率が高かったりするのです。私の場合、そうです。慣れない舞台に立つ恐怖。セリフを本番で忘れるんじゃないか、っていう予期不安。自分ごときがステージに立つなんて近い知人が受け入れないのじゃないか、という低い自己評価。そもそもそういう不安の塊が稽古場にきて、自分の不安にまともに直面させられるのです。毎日、毎回。演出家の前に立つことがもうすでに恐怖でたまらない。だけどどうにかしないと本番は来る。だからいやだけど、苦しいけどなんとかしたい。ああ緊張すると覚えたはずのセリフが出てこない。なんて低いレベルで私ったら止まってるの&hellip;&hellip;その人が、本番前になったら、いよいよちょっとだけ開き直ることを覚えます。それは理屈や気分の切り替えではなく、限りなく身体感覚の学び、みたいなものです。自転車に乗るコツ、に近い。あれを言葉で説明しつくせる人はいないでしょう。乗って乗ってこけてこけて、をくりかえさないと乗れるようにはならない。見てあげてないとやれるもんじゃない。だけど見てる人がどうにかできるものではない。<br />
<br />
　そういうものです。ことばで理知的に理解できる範囲の外にある、なんだかとても「獣」的な領域の、精神の変化です。ことばで語れるものなら、なにも無理して演劇なんかしなくていいのです。演劇でしか到達できないなにかそういうものがあるから、演劇をするのです。で、それは、そのプロセスは、大きくセリフがどんなものか、に左右されるものなんです。そんな背中の奥の体幹の筋を刺激するためのことばが、ひとりひとりちがうのです。それは役者を見た瞬間に察知できる透視能力があるわけでもなし、脚本家はもがくのです。どういうのがいいんだろう。と。それは書いて渡してみないとわからない化学変化の予測実験、みたいなものです。<br />
<br />
　演劇の上演を経験したことのない、文章書くのだけが好きな書斎のおじさんが書いた処女戯曲ならまだしも、玉村先生は長短合わせると50本ほどは脚本を書いた人です。そしてそれはたいてい本番が来るからやむを得ず書いたものだそうです。つまりほぼすべて上演まで持っていった脚本です。高校演劇の脚本を書く教員というのは、へたなプロよりよほど経験を積んでしまうものです。新人勧誘のための春の短い上演。夏前の、一年生が初参加する二日間の合同練習会のための練習用台本。夏の県大会上演。秋の文化祭の上演。冬の合同ワークショップのための短い稽古用台本。春休みの地域の数校だけ集まる例年の小さい演劇祭のための台本。&hellip;&hellip;書ける教員だ、と思われてしまうと、断らなければ年間5-6本も書くことになることもあるのでしょう。こんな本数、私ですら書いてません。せっかく書くのに、生徒をなにか目覚めさせる可能性なんかない脚本をだれが好き好んで毎年書こうとするでしょう。<br />
<br />
　その彼が、福井県という場所に生まれ育ちながら、世界でも特別なこの状況を自覚もせず生きている不思議に生徒らが気付いた時、生徒らが自分の中に生まれた「不思議」の感覚とどう向き合うのか、試したくて、この素材を選んだのだろう、ってことは、私は容易に想像できます。あるときには自分たちの祖父母が実は若い頃があった、という不思議だったり、とんでもない大量虐殺を彼らが経験していた、という驚きだったり、あたりまえの16歳の生活のすぐ横に、面白い刺激がたくさんころがっていますから、歴史や生活は、そのまま豊かな演劇の素材の海です。なにを選ぶか、なにを持ってくるか、それをどういう書き方をすれば16歳の役者の胸になにかひっかかるものになるのか――毎回の彼の作品のもがきは私にも切実なものとして届いていました。そして、そのもがきは、高校演劇の顧問、指導者、コーチたちが毎回どこの県でもやっているもがきです。生徒たちの知ってることだけ書くのじゃつまらない。それは生徒たちの刺激としては平凡なものになっちゃうかもしれない。時々、背伸びして未知の世界に手を伸ばそう。そういう機会を作るお手伝いをするのだ。誠実な顧問であればあるほど様々な社会的な問題、課題、歴史の暗い面などに目を向けるのはそのためです。<br />
<br />
　そういう相互作用こそを、そのプロセスこそを「演劇の稽古」というのじゃないですか？こんな釈迦に説法みたいなこと書いてしまって申し訳ない。だからこの脚本のことは、典型的な「高校生のための」作品というのじゃないんでしょうか？福井なんだから原発がある。だから書く。福井なんだから化石が出る。だから書く。福井だから大地震があった。だから書く。福井には空襲があった。だから書く。福井には必要なんだかよくわからないとみんながいう新幹線の工事がある。だから書く。福井には最近水害もあった。だから書く。紫式部がちょっといたとか、江戸幕府が倒れる時に走り回った人がいたとか、百姓一揆があったとか、役者が刺激されて、考えるきっかけになることは全て素材です。演劇がすばらしいものになるためには、いつも同じ素材をいつも同じ書き方してちゃ足りないのです。いつも世界新、いつも今までなかった書き方を目指してチャレンジするのです。今まで自分が作った作風なるものも壊して、そう。創造的破壊です。そんなのは創作プロセスの必須ポイントです。<br />
<br />
　その素材を制限すること、たとえば原発は書いちゃダメ、とか、教室のいじめの事件は書いちゃダメ、とか、そんなことがひとつひとつ、演劇の表現を貧しくします。演劇の表現なんてまずしくなったっていいじゃないの、食べられるわけでもなし。生活にあくせくする大人たちはそういうかもしれませんが、私たち表現者は知ってます。食べるためだけに生きてるんじゃないってことを。生きてることはなんなのか、意味を探るようなことこそ、生きることなんだ、と。世界中の富をたっくさんもってるお金持ちがいたとして、でもその人がなーーんにも感動を知らない、海や山の美を感じない輩だとして、それでもその人が世界で一番貴いんだろうか？人間の文化、文明って、食べるのに困らなくなること、便利になることが究極の目標なの？愛や、やさしさ、深い考え、美、どれだけ豊かな人間関係があるか、ってことが文化じゃないのでしょうか。ぜに、金、みんながおんなじことを考える、ってことだけじゃほんとにつまんない。<br />
<br />
　演劇ってジャンルは、本気でそういうことを、ものを、考えて目指したりする、ゼニ金に追われてるばっかりの種類の人たちには意味不明な領域なのかもしれません。近年そういう大人たちの勢いが強くなってると私は感じてます。そういうことに警鐘を鳴らすのも立派に演劇の役割です。でもそういう主張自体が、脚本家のめざすものじゃありません。そういう主張をするこのおじさんが不思議だろ？っていうのもひっくるめて、役者に対するなんだか、アプローチなんです。そうでしょ？こんなぱっともしないおじさんのどこからこんな詩的な愛のささやきがでてくるの？みたいな脚本家、あなたは会ったことありませんか？稽古場はマジックにかかったみたいに不思議の力で皆が考えはじめるでしょ。脚本家の力量って、稽古場に不思議の魔法をかける力なんです。それを目指して脚本家は日々チャレンジするのです。<br />
<br />
　そして、この福井農林の高校生たちは、この三項目の大人たちが下した決定を聞いた直後に、こう反応したのです。署名用紙にも紹介した通りです。<br />
<br />
&rdquo;原発の問題や社会の問題について、自分たちでも調べました。「こういうことは今まで考えたこともなかった」という部員もいました。それでいろいろ考えるようになった。&rdquo;<br />
<br />
そういう現場での日々があったから、直後は、以下のような反応だったのです。<br />
<br />
&rdquo;生徒たちは、自分たちの劇がテレビ放映にふさわしくないと思われたことに傷ついています。生徒たちは、信じてもらえなかったということに傷ついています。&rdquo;<br />
<br />
&rdquo;上演した生徒たちは、「言われなき批判がくるかもしれない」と聞かされて、不安な面持ちになりました。けれども、そのあと、それでも放映してほしいと言いました。悔しい、と泣いていました。自分たちが稽古してきた劇が放送してもらえないのは悔しいと。&rdquo;<br />
<br />
　あなたも、社会的な問題を扱った作品に出演したことがあるではないですか。その時に、まったく受け身で、なにも知識を持たないまま、調べようともしないまま、舞台に立ちますか？あなたは立派な職業役者だからするけれど、アマチュア役者、高校生役者などはおろかだからそんなことはしないのだ、まったく操られるままに動くのだ――と、想像しますか？それはまたひどい高校生たちへの侮蔑です。<br />
<br />
　この作品が、原発の素材を扱ったことは、きちんと役者の高校生たちに届いていたのだと私は確信します。それがどの程度の知識の量になったのか、理解の深さになったのか、はもちろん大切なことですが、もっと大切なのは、彼らが「なにかいわくいいがたい自分の中の不思議にむきあった」かどうかじゃないのかな。こういういい方で、役者のあなたにはわかってもらえると思ってます。<br />
<br />
　そして、私には、高校生の役者たちはなーーんにも考えないでこの社会の問題に斬りこんだ作品をやらされただけなんだ、とは、思えません。そういうものの見方には立ちません。なぜか。私もそういう作品を、大学生たちに、書いて上演した体験があるからです。今どきの大学生は、やっぱり読書量も少ないし、社会への興味関心も薄い。それは否定しません。しかし、役者として舞台に立つ、ってことになり、それを目の前のこのおじさんが書いたんだ、ってことがわかったら、さすがにどんなに鈍感なにいちゃんでも、考え、調べ始めたりするものです。子供はそんなに愚かじゃない、と私は知ってます。<br />
<br />
　いや、正直言うと、私は高校生に対して書き下ろした体験はないので、この事件があるまではそれについて、強い確信はありませんでした。だから、最初にこのことを耳にしたその瞬間、「書いた玉村先生に対する人権侵害だ」とは思いましたが、「高校生は自分のこととして受け止めてないかもしれない」という思いは頭をよぎりました。大学生ではなく、高校生はもっと幼いだろうから、と。しかし、「くやしい」と泣いた、という報告を聞いて、すぐにその疑念は消えました。ああ。同じだ。と。私の知ってる18歳の、大学一年生の、頬の赤い、あのにいちゃんやねえちゃんたちと同じだ、と。私の疑念を恥じました。<br />
<br />
　考えてみれば、高校生だったころの私だってそうだった。大人に対する反発や自分に対する劣等感でいっぱいいっぱいだったその分、子ども扱いされることを最大に憎んでいた。自分の主張は子供の主張じゃない、俺は自分で考えて動いたんだ、と言い張る気分でいっぱいでした。くやしい、という彼らのニュアンスがすごく想像できます。それは、時代を超えて、青年期の心理状態の普遍的なもので、公認心理師である私が学んだ発達心理学の知見はそれを雄弁に教えてくれます。<br />
<br />
　人が泣くのは、相当なことです。人が16歳や17歳にもなったら、そんな簡単に人の前では泣きません。泣かないようにしてるものです。この高校生の涙と、「くやしい」という言葉を、軽く見ないでほしいのです。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
三点目。▲――こどもの権利のことじゃなかったら「応援しない」のは正しいの？――<br />
<br />
　じゃ、百歩も二百歩もゆずって、この演劇が高校生の思いがこもってないものだと仮定しましょう。高校生の気持ちとは無縁に、演劇部のコーチのおじさんが書いた脚本だと仮定しましょう。それでもこの運動が大切なことだと私は言えます。<br />
<br />
　大人の表現への抑圧だけなんだったら、この排除への反対運動を「応援しなくていい」のか？<br />
<br />
　高校演劇部のために書き下ろしされた大人の台本が、排除されたのです。これは、「高校演劇への」介入じゃないですか？「表現への」介入じゃないんですか？これは、大人であれ、子どもであれ持っている、「人としての」、「表現者の」、表現の自由をうばう権力の行為じゃないですか？子供に対する人権侵害だったら応援するけど、大人に対する人権侵害だったら応援しなくていいんでしょうか？演劇への侵害なのに？それはどうして？<br />
<br />
　これを許せば、すくなくとも福井県では、原発の劇は排除されることが定着するだろうと予想します。きっと高校生が書いても、排除されるでしょう。今回のことも、大人が書いたから、排除されたのじゃないのです。高校生だろうが大人だろうが、誰が書こうが、内容が部会長たちには気にくわないから排除されたのです。部会長は、校長先生で、演劇部会の長です。偉い人です。偉い人がたまたまそう思ったら排除できる世の中になるのです、福井県は。それがこわいから、私は運動してるのです。それは福井県だけではおそらくおさまらないからです。原発のある県、愛媛県でもきっとそうなる。鹿児島県、宮崎県あたりも。北海道、静岡&hellip;&hellip;そして、次々、他の府県にも広がる。<br />
<br />
　排除が決定された時点で、彼らや後輩には「やばい台本はやばいことになるんだよ。」って口コミが伝わるでしょう。「それやばい系の台本じゃね？」「やっばいよやばいよ。削除削除。」気弱な笑い。そんな怯えたやりとりがあちこちの部室で起こって、決して「やばい」台本はもう演劇祭のステージにはでてこなくなる。自主的に。&hellip;これは、高い確率で起こる来年以降の事態だと私は思っています。<br />
<br />
　このまま放置すれば、です。<br />
<br />
　だから、放置はしないことにしたいのです、私は。<br />
<br />
　こんな排除がたくまれたら、間違いなく大人たちは立ち上がる。「子どもが書いたとか大人が書いたとか関係ないんだ。表現の自由は、みんなが守るんだ。みんなの権利なんだから。」と。そして、権力者もこりる。「こんな反発されて、こんなにいろいろ怒られていやな目にあうんだから、かんたんに思いつきを押し付けちゃいかんのだな」と学習する。たちあがった大人たちの背中を見て、子どもたちは「そうなんだな。自分たちの表現の自由ってこういうふうに、みんなで力を合わせて守るんだな。守れるんだな。」と学習する。そして自信を持つ。「私には表現する権利がある」。<br />
<br />
　自分が尊重される、と感じられる社会。それはきっと幸せな社会です。<br />
<br />
　私は、遠い福井の、遠い高校演劇の問題を、遠いところにいるあなたに、どうかお助け下さい、とお願いしてるつもりはありません。控えめにお願いの形はとるけれど。本心は、違います。<br />
<br />
「おい、これ、おまえの問題じゃないの？」と問いかけているつもりです。あなたの権利が、やばいんじゃないの？と。<br />
<br />
あなたは、そう感じないのでしょうか。役者として。自分の演劇が、やばいことになってる、と思わないですか？私は、思ってます。私は演劇だけしか興味がない人ではないので、表現全般について、やばいことになってる、と思ってます。<br />
<br />
　この運動を「応援しない」理由はいくつでもおもいつくでしょう。その気になれば、あらさがしはしようと思えばできる。ナチスの人権侵害を抗議しない理由をいくつもつくってた人が、あとから悔やむ言葉を残してます。<br />
<br />
【ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから<br />
<br />
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった 私は社会民主主義者ではなかったから<br />
<br />
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は労働組合員ではなかったから<br />
<br />
そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。】<br />
<br />
ドイツのルター派牧師、マルティン・ニーメラーの言葉に由来する詩です。<br />
<br />
長いメールになりました。ごめんなさい。<br />
<br />
そうです。あなたのおっしゃるとおり、どうか、ほんとに、演劇人として、じっくりと、考えてください。<br />
<br />
加えて言うと、この書いた玉村徹さんという方の筆力を私は高く評価しています。高校教員だから&hellip;プロじゃないから&hellip;&hellip;なにも名誉ある肩書を持っていないから&hellip;と判断するのは早計です。有名ではないからと言って、実力がないとは限りません。力がかなりある書き手がプロにならないで世間には埋もれている、という例を私は多数知っています。宮沢賢治だって死ぬまで詩が売れなかったのです。ゴッホも。「円熟は平易にむかう」と勝手に私は信じますが、彼の筆致は高校生や子どもたちにもわかりやすく親しみやすく、かつ人生や社会のことを悲しくきりとる視線のこわさが相当なものです。私はかねてから尊敬しておりました。<br />
<br />
すぐれた作家だから、この人のために立ち上がったのだ、と思われるとむしろくやしい。だからそういう表明はしておりませんでした。<br />
<br />
けれど、すぐれた作品がこんなあほくさい扱いをされることに私は我慢ができなかったのはほんとです。それは動機のちいさくない割合を占めています。<br />
<br />
それを率直に告白します。<br />
<br />
かぎりない友情のきもちをこめて、あなたにとてもこまったとんでもない長文のメールを送ります。<br />
<br />
ごめんなさい。最後まで読んでくれてありがとう。<br />
<br />
&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;<br />
<br />
手紙の内容は以上でおわりです。<br />
<br />
そして、ここで文中の内容つなげて、つながることがむつかしい部の生徒たちに伝えたいと思います。<br />
<br />
&hellip;&hellip;あなたたちは自分の権利を主張していいんですよ。だけどあなたたちが自分の権利を主張することが困難な場合、権利についての知識がなかったり、主張する力がなかったり、そのことばをもたなかったりする場合、私たち大人には、「エンパワメント」ということができます。権利擁護、という動きです。あなたたちが権利を主張することをささえてあげること。時には代行すること。主張すると危険なことがあると思われるなら、その危険からみんなで守ってあげる体制を組むこと。これが、現代社会では、常識です。だから、安心してください。私たちはできるかぎりのことを、あなたたちのためにします。そのつもりがありますから、不安があるようなら、連絡をください。待ってます。<br />
<br />
あなたたちの気持ちをあるがままに耳傾けることをだれか大人がしてくれてるでしょうか。私たちはあるがままの気持ちを聞きますよ。時間をとって、ゆっくりききます。あなたたちは、ひとりじゃありませんよ。大丈夫。<br />
<br />
&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;<br />
<br />
鈴江俊郎]]>
    </description>
    <category>鈴江</category>
    <link>https://suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/%E9%88%B4%E6%B1%9F/%E3%81%B5%E3%82%8B%E3%81%84%E6%BC%94%E5%8A%87%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%8F%8B%E3%81%B8%E3%81%AE%E3%81%A6%E3%81%8C%E3%81%BF%E2%80%95%E2%80%95%E3%80%8C%E6%98%8E%E6%97%A5%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%83%8A%E3%82%B3%E3%80%8D%E3%81%AB%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%82%8F%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%80%82</link>
    <pubDate>Thu, 30 Dec 2021 20:37:05 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>東京、阿佐ヶ谷で「ともだちが来た」</title>
    <description>
    <![CDATA[旗揚げ公演をされる団体。<br />
旗揚げ公演、っていうのはそりゃもう気合がはいってるもので。<br />
私も思い出すいくつかのそういう不安と興奮。がんばってくれる、と信じる。<br />
<br />
<a href="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/File/1640321814366.jpg" target="_blank" title=""><img src="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/Img/1640645945/" alt="" /></a><br />
<br />
<a href="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/File/1640321817253.jpg" target="_blank" title=""><img src="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/Img/1640645938/" alt="" /></a><br />
<br />
<br />
]]>
    </description>
    <category>脚本が上演される</category>
    <link>https://suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/%E8%84%9A%E6%9C%AC%E3%81%8C%E4%B8%8A%E6%BC%94%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%80%81%E9%98%BF%E4%BD%90%E3%83%B6%E8%B0%B7%E3%81%A7%E3%80%8C%E3%81%A8%E3%82%82%E3%81%A0%E3%81%A1%E3%81%8C%E6%9D%A5%E3%81%9F%E3%80%8D</link>
    <pubDate>Mon, 27 Dec 2021 23:01:58 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">suzuetoshirou.blog.shinobi.jp://entry/867</guid>
  </item>
    <item>
    <title>福井での第二弾のリーディング、学習会、おわりました。</title>
    <description>
    <![CDATA[<a href="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/File/58e080bb.jpeg" target="_blank" title=""><img src="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/Img/1639969920/" alt="" /></a><br />
<br />
　写真は学習会で語る小出裕章さんと息をのんで聴くみなさん。プロジェクターの画面をはっきり見ようとすると、会場の電灯はくらいのです。くらいなか、熱を発する人の群れ。夜の熔岩のようでした。<br />
　芝居は欲が出てきておりまして。自分の力みすぎが、いやだからといって力を抜きすぎても、とは言え、遅いテンポじゃ相手も間のびする&hellip;&hellip;とかいってるうちに一瞬いまどの行やってるのか見失いそうになっては、&hellip;あ。大丈夫大丈夫。本番っていうのは千々に心が乱れて、それはそれでやっぱり楽しいのです。相手役の玉村先生は普段はまったく役者などしない人なので、だからこそ本番ごとにめきめきうでをあげるのが共演してて面白いのです。<br />
　学習会、小出裕章さんは、会う前は理系の不屈の研究者なんだから&hellip;と気むつかしい怖い人、を勝手に想像していたのですが、これがまた大外れ。気負わない丁寧な方で、とてもわかりやすい「原発はこの世界に必要なのか」を問う学習会でした。<br />
　私は、子々孫々に膨大な猛毒をおしつける現代人のこの「原発」という愚行を怒る彼の言葉に、初めて出会うともだちのような感覚をもってしまって、涙が出そうでした。失礼。<br />
　会場に来た参加者のみなさんも熱く、あたたかく、小出さんの誘いにそって、私たち二人のこの上演活動に感謝の拍手、っていうのをもらってしまって。こちらはほんとに涙が出ました。<br />
現場では孤立を感じ、運動はやっぱり歯を食いしばるようなきもちになる局面がいくつもあったことを一気に思い出して、情けなくも泣けました。<br />
　先週もしあわせな夜でしたが、今週も、まけないくらい幸せを感じる夜でした。まことに、まことに。<br />
<br />
　がんばって、私たちのような孤立を感じる人たちに役に立ちたい、ときもちをあらたにしております。さあ、これからなにをしようか、と考えています。<br />
<br />
　いやもちろん、目の前にあるのは年明けの愛媛での公演です。討論・学習会です。こちらは、さらに小さな会場で、めいっぱい迫力いっぱいの芝居を見せつけたい！こちらは私たち上品芸術演劇団の本拠地といっていい■Ishizuchi倉庫なので、舞台美術も照明も、ちょっと小粋にしあげますよ。お楽しみに！<br />
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    <category>鈴江</category>
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    <pubDate>Mon, 20 Dec 2021 03:15:27 GMT</pubDate>
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    <title>19日、福井の第二弾「明日のハナコ」にはさらにたのもしい応援の企画がくわわる。</title>
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中筋純さんという写真家・映像作家の方が、「勝手に応援企画」という元気なプランを実行してくださいます。<br />
福井のフェニックス・プラザに来られたら、私たちの上演・学習会の前でも後ろでもいいので、ぜひお立ち寄りください。<br />
３階のギャラリーでは写真展示、映像ホールでは映像作品が上映されます！<br />
中筋純さんは長年にわたってチェルノブイリと福島のうつりゆく光景を記録されている方です。<br />
チラシは見事にコラボ企画、になってます！私たちの企画と合わせて鑑賞されると、立体的にこの原発を巡る問題がみなさんのイメージに立ち上がることになるでしょう。<br />
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19日は、危険を訴え続けた生涯を送られた不屈の研究者が、原発は果たしてこの世に必要なのか？を語りに来てくれます。小出裕章さん。こんなことでもなかったら、私は実際にお会いすることもできなかっただろうと思うと、緊張しています。お芝居、力みすぎないように気をつけて。リラックス、リラックス。<br />
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    <category>鈴江</category>
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    <pubDate>Fri, 17 Dec 2021 02:39:45 GMT</pubDate>
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    <title>福井での上演、第一弾を終えまして。</title>
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    <![CDATA[<a href="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/File/84c020e8.jpeg" target="_blank" title=""><img src="//suzuetoshirou.blog.shinobi.jp/Img/1639464786/" alt="" /></a><br />
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おつかれさまのメールをくれた人に、返事を書いた。<br />
&hellip;&hellip;<br />
ありがとう！<br />
意味を感じてくれて、とってもうれしい！<br />
僕はもう、はじめっから、この上演を、たのしみに、やってました。なはは。ことがどう動こうが、車座演劇祭、やることは間違いなくできるんだから。と。<br />
役者で舞台に立ってのはやっぱり楽しーーいね。<br />
脚本、演出をたくさんやったあげくに、たどりついた感覚です。舞台で演じてる最中に上の空、次こうやってみようか、いや相手役がびっくりするだけか、アドリブはほどほどにしないとな、だけどちょっとやるか。あ。せりふとばしかけた。ごめん。うけたなあ&hellip;ああはずした、くそ。間が悪いんだよタマムラ！火の出るようなダメ出しくらわしたんぞこら、、、、<br />
とか思ったり。<br />
でも上演は終わったらすっかりなにをどこで考えたか忘れちゃうんですが。だからダメ出しはやさしかったよ。甘くて、こってりと砂糖の上にあんこのせたようなね。そんなのでした。ほんとですってば。<br />
そもそもあんまり余裕がない中で考える上の空、ってこのぎりぎりの感覚がね。ストレートを待ちながらカーブに対応、0.5秒くらいの世界、ってあのバッターボックスの感じと似てるんです。ことばじゃないよね。身体のセンスよね。というやつ。<br />
こちらにいらっしゃい○○さん。今度一緒に舞台に立とう。あなたになら、私は容赦なくアドリブ食らわせることができそうな気がしてたのしみだふははっはは。<br />
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福井の高校演劇から表現の自由を失わせないための『明日のハナコ』上演実行委員会では火の出るような説教とダメ出しとオルグをものともしない新人の「ハナコ」役者を募集しています。全国各地でたのしく上演して、この世界を、自分たちの手で、よくしていこう！<br />
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愛媛、大阪での上演も予約受け付けております！<br />
https://ashitanohanako1108.wixsite.com/home<br />
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    <pubDate>Tue, 14 Dec 2021 06:57:06 GMT</pubDate>
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